俳句庵

季題 9月「秋の灯」

  • 秋灯下便りしたたむ旅の宿
  • ブラジル     林 とみ代 様
  • 秋の灯や肌着をたたむ母の膝
  • 東京都     安西 信之 様
  • 秋の灯やあすは売らるる牛二頭
  • 埼玉県     守田 修治 様
  • 食卓は妻の文机秋灯下
  • 神奈川県     佐藤 博一 様
選者詠
  • 秋の灯のひとつはわが家歩を速む
  • 安立 公彦

安立公先生コメント

季語「秋の灯」には、春の灯とも夏の灯とも異なる懐かしさがあります。それは多分に、「灯火親しむ」に通う懐かしさです。
 優秀賞の林さんの句を見て、戦後見た映画の一シーンを思い出しました。この一句には、女性の感性が遍く表現されています。
「旅の宿」を良く活かし、同時に「秋灯」が一句をやわらかく包み込んでいる句です。
 安西さんの句。「母の膝」が適切ですね。子供さん達の肌着をたたんでいる母親の姿が自ずと浮かんで来ます。それも畳の上でなく、膝の上で畳んでいるのが、この句の眼目です。母情が伝わってきます。
 守田さんの句。牛舎を点す秋の灯、その下では数頭の牛が餌を食んでいます。その内の二頭は、明日は売られてゆく牛です。 一句に感情表現はありませんが、哀切さが滲み出ています。尚、上五の原句「の」は「や」としました。その方が一句に広がりが出ます。
 佐藤さんの句。普通の机と違って、食卓は必要な図書を置くのに便利な広さがあります。その食卓でのびのびと書き物をしている「妻」の姿が、愉しく表現されています。その愉しさの中には、作者の「妻」への愛情が、さりげなく籠められているのです。
 今月は他に、〈秋灯や久に手書きの文書かず 山地美智子〉、〈秋の灯に誰かが浮かぶ夕べかな 岸野孝彦〉、〈この先も妻と二人や秋灯 岩崎美範〉など秀句が多いでした。

◎ 優秀賞、入賞に選ばれた方には、山本海苔店より粗品を進呈いたします。