俳句庵

10月『秋深し』全応募作品

(敬称略)

ゼンマイのボンボン時計秋深し
秋深しコンビニの灯は更けやらず
炊立ての匂ふおこげや秋深し
秋深し歴史街道人そぞろ
もの憂げな猫のまなざし秋深し
秋深し人影の無き舟だまり
深秋や郵便受に溜まる塵
秋深ししらず知らずの遠出かな
辻に立つ防犯カメラ秋深し
秋深し田に人影のなかりけり
添う如く対のベンチや秋深む
秋深し新調したる鞄かな
三世代揃ふ食卓秋深む
子供らの声良く通る秋深し
病室の一輪挿しや秋深し
丸太椅子を放置の湖畔秋深し
本棚に古びた詩集秋深し
秋深き峠の茶屋の錠卸す
単線のホームのベンチ秋深し
屋上の垂れたる旗や秋深し
秋深し静かに寺を通り抜け
秋深き峠の茶屋の自在鉤
古本に古き栞や秋深し
秋深き荘の軒先薪をつむ
夕凪に漁船の影や秋深し
喜寿過ぎの友の消息秋深し
食卓の急須を替える秋深む
秋深し一人遺品を整理して
秋深し空を二分すジェット雲
山の水ちょろちょろ湧き出秋深し
山脈を越える単線秋深し
木材は息をするもの秋深し
秋深し弥勒菩薩の指の先
ものさしは三十センチ秋深し
秋深し潮入川に鯔の飛び
幾千の星のまたたき秋深し
空鉢の 伸びゆく影や 秋深し
食卓に白米のみが秋深し
寝返れば 布団の端に 秋の冷え
深秋の山径に会う無縁墓
やや丸く 猫の背縮む 秋深し
秋深しジンタの調べやハーモニカ
住めぬ家の 日暮れて土間に 秋深し
観覧車高くくっきり秋深し
秋深し 出口の見えぬ 廃炉かな
秋深し先祖に供ふあけびかな
秋深し老人探す広報車
割れば二つ黄身ある卵秋深し
秋深し五重塔の影を踏む
死後もなほ残る友情秋深む
秋深し少し散歩の車椅子
木々の影わが影秋の深みけり
大人ぶる屋台の酒や秋深し
秋寂ぶと山川も音かそけくす
秋深し新横綱の綱を打つ
深秋の日の斑踏みゆく山毛欅林
紅葉が 心の色へ 秋深し
秋深き百体観音拝しけり
夜の雨の一粒ひとつぶ秋深む
必死とは生きることなり秋深し
書店出てひろげる傘や秋深む
秋深し前向きといふ良き言葉
手に温度受け仔犬抱く秋深し
B型の血は変えられず秋深む
無言にて過ぐ一日や秋深し
ざわざわと海鵜の移る秋深し
秋深し片道切符だけの旅
遠くまで釣糸飛ばす秋深し
ジョギングの息見え隠れ秋深し
深秋の五百羅漢の物言はず
隣室の珈琲の香や秋深し
封切りのやうな青空秋深し
頬杖の位置定まらず秋深し
秋深き杉の戸歪み暮れにけり
神木の洞に蛇住む虫時雨
回覧板届け鈴虫もらひけり
通夜の道月煌々と秋深し
弾け跳ぶ実さへ疎まし秋深む
今日よりよい明日はない秋深し
秋深きメタセコイヤの虚ろかも
鶴ヶ城観軍寄せる秋深し
秋深む子ら手作りの万国旗
寡黙なる夫婦の夕餉秋深し
秋深きグラスに蒼き酒の揺れ
ひとり酌みよき思案なく秋深し
陵の玉砂利ずしり秋深む
隣家からくさめ届きて秋深し
秋深し蒼さも深し梓川
野地蔵の前掛け新た秋深し
ふるさとへ帰れぬ人や秋深し
ジャズ歌手の嗄た声や秋深し
川音の氷壁の宿秋深し
秋深し水底の魚背の黒く
秋深し硫酸銅の夜明けくる
櫂の音湖より湧くや秋深し
病窓の看護士の影秋深し
秋深し点々続く街路灯
秋深し赤子は昏れて畦で泣く
暮れ六つの鐘四方より秋深し
暑さ残る 街を歩けば 秋深し
薬湯の煎じる匂い秋深し
秋深し さんまに栗に 頬染まる
留守告げる器械の声や秋深し
秋深し 我が子のもみじ 赤くなり
秋深し色の褪せたる千羽鶴
小井砂子の陶磁器彩る秋深し
秋深し過ぎたる時を惜しむかな
山寺の参道を来て秋深し
航跡の白さ眩しき秋闌くる
秋深し吊り橋揺れる箒川
秋深むひとこひしくて深夜酒
落ち鮎は禁漁となり秋深し
秋深し義足ランナー独り言
塩原のトンネル抜けて秋深し
深秋や光を溜めし硝子ペン
秋深し露店の風呂に湯浴みする
転校の少女の恋や秋更くる
故郷はもの干す頃か秋深し
猿が出てまた捕まつて秋深し
あれからの絆は深く秋深し
立秋句会秋分句会秋深し
魚焼く煙りに鮮度秋深し
秋深き父母の墓石に杖もたせ
浅草に食通ふえて秋深し
行きつけの蕎麦屋閑散秋深し
秋深し哀の濃くなる物のかげ
色づきしものそのままに秋深し
新幹線とばす近江路秋深し
メールでは伝はらぬこと秋深し
秋深し快速とばす米どころ
秋深し旅の結びの芭蕉像
ビフテキの焼き汁じわり秋深し
禅の廊磨き込まれて秋深し
秋深しぐいと差し出す飯茶碗
葛橋一人渡りて秋深し
秋深し太巻き寿司の海苔あぶる
秋深し人の痛みに寄り添いて
連れの留守早めの晩酌秋深し
深秋や茶に統一の外出着
木漏れ日の位置定まりて秋深し
深秋や神木の蛇卵飲む
いにしえの琵琶の音響く秋深し
何処からかツゴィネルワイゼン秋深し
息切らし法事の道は秋深し
燃え盛る海の向こうや秋深し
秋深し花瓶の色も深さ増し
秋深しふと旧友に便りする
美術展帰りの道も秋深む
コーヒーも酒もうまきや秋深し
秋深み半鐘塔の影長く
離れたる人のこひしき秋深し
夜くだち闇静もりて秋深し
海山に風の寂しき秋深し
静もれる闇に寂しや秋深し
存分に男体山見てをり秋深し
寂寞と心の満ちぬ秋深し
秋深し黄落いそぐ飛鳥山
単線の一駅ごとに秋深し
玉砂利に響く神鈴秋深し
神殿に響く沓音秋深し
影長き人の往き来や秋深し
手のひらに黒楽茶碗秋深し
往還のいつもの道の秋深し
秋深しアールデコてふ色硝子
浮雲は空のつぶやき秋深し
秋深し旧家の庭に能舞台
秋深し黒きを纏ふ握り飯
ビル街の中の十字架秋深し
神田川更け行く秋の確かなり
秋深し古き映画のリバイバル
定刻に終バス去りて秋深む
還らざる領土見る度秋深む
深秋やあと半刻を待ちし門
知床の五湖の水面に秋深し
秋深しひとつ覚えて忘れたり
山小屋の薪割る音の秋深む
秋深し会話に多き代名詞
秋深む小樽運河の硝子館
秋深し知らずに超える国境
秋深し釧路湿原川下り
追いかけて追いかけられて秋深し
秋深む過客札幌大通
深秋の疾うに忘れし筈の夢
読むべきと背表紙揃え秋深む
深し見知らぬ人とすれ違う
酌む酒の一語一語に秋深む
鉛筆の使いて丸く秋深し
酒の味語る友あり秋深む
秋深し見えなくなつてしまう人
ローカル線秋の深きのまだ奥に
秋深し夢は故郷の青き空
秋深し寂しき人の電話来る
秋深し挨拶のみの両隣
秋深し崩れし辞書を補強する
携帯も鳴らず独りや秋深し
残業を帰る靴音秋深し
寺町に人影見えず秋深し
壁隔てそれぞれの趣味秋深し
秋深し閉じる扉のなき仁王門
深秋のアルバム整理まだ半ば
道を掃く箒の音や秋深し
S・Lの近き汽笛や秋深し
箒手に佇む比丘尼秋深し