俳句庵

10月『十三夜』全応募作品

(敬称略)

この街を静かに照らす十三夜
すれ違う人は俯き十三夜
新しき窓から臨む十三夜
波音の岩に砕ける十三夜
帰り道君と眺めた十三夜
旅の途のひとり見ている十三夜
ロンドンへ向かう空から十三夜
此の恋の実る予感や十三夜
風吹いて薄雲かかる十三夜
十三夜介護士の背に負われけり
メガネ拭きもう一度見る十三夜
稜線に白雲湧きし十三夜
引き出しの母の文読む十三夜
あやすごとウクレレを抱く十三夜
煌煌と中天渡る十三夜
剃り残る友の顎鬚十三夜
十三夜悲しみの顔伏せしまま
十三夜退院の理由探るまい
十三夜乙女峠の冨士を愛ず
後の月 逢瀬の道を 照らしけり
香水の匂い馨し十三夜
傾城も ふるさと想う 十三夜
陋習は改めてゆく十三夜
吾在りて 我の影有る 十三夜
サスペンスドラマは佳境十三夜
霞つく秋の豊穣十三夜
煙草絶つ境い目にあり十三夜
被災地で見上げる空に後の月
十三夜多く語らず何もなく
別れ来て二夜の月と帰る道
十三夜弥勒菩薩の微笑かな
駒も寝て牧場を照らす十三夜
十津川は今日も雨雲十三夜
表札に子の名を記す十三夜
十三夜書斎に佇む石膏像
十三夜見舞いの客も帰りをり
十三夜倒れしままの墓石かな
左褄目を伏せ行き交う十三夜
十三夜あいつと一献チャイム押す
津波後に十三夜あり月浴びる
欄干の獅子像踊る十三夜
十三夜の光に守られ君と僕
十三夜明治は弱き妻在りし
会いたきは亡き人ばかり十三夜
遊郭の格子の影や十三夜
十三夜小人現る影絵かな
祖父母いた明治は遥か十三夜
帰り道歩幅同じに十三夜
一葉のお札が会費十三夜
十三夜LEDのごと光りおり
十三夜透き通る君濁る僕
而して古稀も了はりの十三夜
さよならと誰かがどこか十三夜
能面のしづかに笑まふ十三夜
浜町河岸しずしず昇る十三夜
遠く住む子のこと思ふ十三夜
十三夜あす入院の部屋を出る
空を見ず歩く巷の十三夜
十三夜を肩車して子に贈る
垂乳根のまこと尊き十三夜
酒一合めでたく尽きし十三夜
藍深きインクの空の十三夜
海峡をじょんがらと渡る十三夜
どこよりか豆煮る匂い十三夜
末広亭トリの小朝や十三夜
前後して歩く夫婦や十三夜
我が家の灯外より眺む十三夜
藍白が似合ふ新塔十三夜
縁欠けし白磁の花瓶後の月
十三夜こうして今年あと三月
十三夜大正琴の演奏会
十三夜言い残したる病見舞ひ
吾の降りて客なきバスや十三夜
検診の結果聴きたり十三夜
後の月待たせて潜る縄暖簾
知足てふ十三夜の月愛ほしや
陰干しの傘を畳めば十三夜
十三夜契りありしと祖母ぽつり
汽水湖に潮の香満ちて十三夜
十三夜瞳そらさず擁かれけり
十三夜時刻指定の荷が届き
携帯のオフ確かめて十三夜
二日後のテロの予告や十三夜
着飾れば江戸乃世しのぶ十三夜
ふるさとの山をふはりと後の月
金婚の妻若やげり十三夜
酒満たす杯に零れぬ十三夜
いつからか妻の手握り十三夜
十三夜卓に鱸のポワレかな
十三夜節目節目の無常かな
誰もゐぬ寺を守りし後の月
月愛でる栗名月のひとりかな
オカリナの音色漂ふ十三夜
十三夜遠くのジャズも祝ひをり
後の月浮かべて地酒のむ湯宿
十三夜歌舞伎役者のブログかな
遠き日の影踏み遊び十三夜
画面から顔上げてみる十三夜
重なる影なくて独りの十三夜
思い出し笑ひとなりて十三夜
十三夜言葉少なき人といて
離れ住む子らを思いつ十三夜
色町の真中遊行寺十三夜
機織の音は絶えだえ十三夜
十三夜風少し出て百幹鳴る
横笛にひようと風来る後の月
蔭踏みのいつも鬼の子十三夜
十三夜空の明るさ今さらに
一葉の息衝く町の十三夜
明日でよき便りポストへ十三夜
松一本残りし浜に後の月
後の月思わず友へする電話
来し方を聞きつつ一献十三夜
後の月見つつ夜勤へ乗る電車
膝かけを編み終えて待つ後の月
十三夜去年の今は兄と見し
土の香の背戸の小芋や十三夜
遠き日の母在りし夜の十三夜
風敏くなる首筋や十三夜
十三夜祖父の遺せし文机
今日の事一人の胸に十三夜
十三夜犬が前行く散歩かな
丁寧に生きんと余生十三夜
後の月とおに抜けたる親知らず
欠席と即答返し後の月
後の月影一列に素振りかな
嬉しさを横顔に見る十三夜
脱衣所の窓から見える後の月
離り住む 夫と電話の 十三夜
縁側に革靴のあり後の月
みちのくの瓦礫の山を十三夜
悲しみは遅れ来るもの後の月
十三夜荒磯を洗ふ波の音
けふひとり国元にをり十三夜 
月山の真上にかかる十三夜
本当にわたしでいいの十三夜
十三夜落葉松林をわたる風
脳左右疲れてをりぬ十三夜 
砧打つ音は遠くに十三夜
十三夜からから煎餅の玩具かな
鈴ヶ森刑場跡の十三夜
胸元に畳む恋文十三夜
空音でも行くなの欲しき十三夜
飛ばし読む頁のありぬ十三夜
国境越へにし頃や後の月
四百字徐々に埋めたる十三夜
栗名月待ちて殺せる欠伸かな
十三夜すでに妻なく仕事なく
まどろみて月の名残の迎へけり
パリからの古書籍届く十三夜
母の忌のまた巡り来し十三夜
フルートの友の横顔十三夜
子を残し外つ国の旅十三夜
長文のメールを打つや十三夜
喜寿と古希祝ふ家族や十三夜
後の月くわえて眠る鬼瓦
十三夜五重の塔に父母祀り
十三夜浮かべて飲んだ屋台酒
くろぐろとソーラーパネル十三夜
路地裏の屋根で欠けたる後の月
十三夜とほく遠くのハーモニカ
水切りで壊して遊ぶ後の月
母の部屋まだ灯りゐる十三夜
十三夜変なオブジェの吾妻橋
どこまでも針葉樹林十三夜
コンビニの帰る道連れ後の月
ふり向けば東京タワー後の月
追伸という雲に入る十三夜
血圧を計り息継ぐ十三夜
帰ろうと決めて酒干す十三夜
熟の子の影長くなり十三夜
幼子の寝息聞こえし十三夜
児をあやす唄が途切れし十三夜
十三夜微笑深しモナリザや
絵手紙の筆迷わせる十三夜
十三夜岬の棚田の石仏
屋根を越す竹さやさやと十三夜
十三夜軒より高く海暗し
十三夜文机ひとつもの置かず
十三夜そぞろ歩きの犬と人
十三夜編集室の灯の消へず
十三夜無灯自転車ひょいと来て
あやとりの一人捌きや十三夜
辻道を犬と行き交う十三夜
十三夜思惟仏思惟のとこしなへ
海鳴りの重く押し来る十三夜
十三夜写経の墨の香りたつ
静かなる湖(うみ)に舫の十三夜
境内に尺八の音の十三夜
無住寺寺領鎮もる十三夜
バサノバのリズムはるかに十三夜
十三夜窓いっぱいに迫りくる
コーヒーを手に庭に出る十三夜
さざれ川光一条十三夜
十三夜急がずに読む万葉集
四肢ほぐれ露天に湯浴む十三夜
帰る子を外に出て待つ十三夜
十三夜ピエロの影を拾ひけり
集まりを今日と決めたり十三夜
抽斗に欠片見つける十三夜
母が呼ぶ静かな声や十三夜
十三夜透けてく心怖ろしい
前庭の杉垣青し十三夜
大正のロマンの匂い十三夜
人をりて言葉少なき十三夜
十三夜赤いリボンのほどけたり
故郷の夜の早さよ後の月
手料理のすっかり冷めし十三夜
あの人も先に行きたる十三夜
尺八の音の境内に十三夜